who are you?

自分が何者かになっていく過程の記録。題は梨木香歩著裏庭の中の台詞から。

学びたい。学びたくない。

何か知らない事を知るのは喜びだった。

 

今、私は学びたい事が沢山ある。

調べ方も知っている。

 

 

でも、学ぼうとしていない。

携帯で検索する以上のことをしたくない。

軽い文章を消費して、時間を浪費している。

 

学びたい思いはある。

行動は学びたくないことを示している。

 

体を起こすのは億劫で、

頭にはずっと靄がかかっている。

 

 

私はこれが気のせいだと知っている。

 

 

薄いベニヤの壁が一枚、私の周りに張り付いている。

叩き破れば次の世界に行けるのに、

私は小さなささくれと、

外の風とが怖いのだ。

 

 

さぁ、蹴破れと思った時には、いつも夜。

私はいつまで壁の中にいるのか。

 

次の世界に行かなければ、ただ流されて行くのに、

私は流れに立ち向かう勇気が無いのだ。

 

 

 

何者かになろうとすると、

キリキリと胃が痛む。

 

成長とは、

自分へのタグ付けとは、

こんなにも恐ろしいことなのだろうか。

こんなにも覚悟がいるものなのだろうか。

 

リセット

やりたい事が、もうわからなくなっていた。

忙しくて、忙しくて、忙しかった。

胃腸がやられた。

 

髪を切った。

炊飯器を買って米を炊いた。

久しぶりに自炊して、野菜をたっぷり食べた。

よく歩いた。

お香を買って焚いた。

お風呂にゆっくり浸かって、ちゃんと汗をかいた。

 

リセット、だと思った。

今までどれだけ自分をいじめ抜いて来たのかわからない。

随分、無理をしている。

無理せず、素でいくには、まだ時間がかかるかもしれない。

それでも、少しずつ、自分の化けの皮を脱いでいく。

 

 

 

 

 

 

 

他人から見た私。

少し前に、UNIQLOのサーキュラースカートの白を買いました。

久しぶりにガーリーなもの買うから緊張したけど、結構使いやすいです。

 

いつもチノパンスタイルな私がこれを着ていくと

 

通りすがりにそのスカート良いねと言われる

 

いつもと雰囲気ちがうから気づかなかったと言われる

 

などの効果が出ました。

 

褒めてもらえるのは嬉しいですが、

それまでのイメージとして

わたしどんなことになってるんでしょうね。

 

 

ズボラ過ぎたかしらと反省する次第。

 

時には挑戦するのもよいですね。

オシャレ心が少し戻ってきつつある。

ぐち 金欠に気づいて不安定です。

家の賃貸契約の更新があったんですよ。

東京の賃貸えげつないよ、更新料家賃一月分ってなんなん。

 

ということで金欠です。

 

zaimというアプリを使ってるのですが、手持ちの種々のカードの現状を教えてくれて親切。

 

しかし、預金残高が減ると、クレカって来月のわたしから借金してる感じになってきますね。

現在のわたし、マイナス18万円。

 

引っ越したいけど、それも金と時間の問題でできませんでした。

家は快適なの!でもね、家賃がね、わたしには高いのよ…!

 

あとは、毎月5万越えする奨学金返済が、重い。

若気の至りな第2種は早く繰り上げで返し終わりたい。5個もあると月額がなかなかなもんになります。

 

冬に二件の結婚式にも誘われています。遠方なのでどんなに少なくとも20万はいるよね…

ほんとはドレス新調したいよね…。

 

本気で節約以外の道も検討しないといけないかな…

 

 

 

 

個別事象ではなく、大雑把でも真理の体系を作りたい。

同僚と哲学めいた話をするのが楽しい。

 

ケーススタディを貯めても全くテンションが上がらない私は、どうにかしてストーリーを一般化しようとするし、枠組みを可視化しようとする。

 

それは、世の中ではあまり興味を持たれないことなんだそうだ。

 

みんな、なにかを動かすドライビングフォースを知りたくないんだろうか。

なにかが動く、その特異点を見つめてみたいとは思わないんだろうか。

 

私はそこに興味がある。

 

そのためには事象からの一般化そして一般化からの事象理解、慎重で強かな一般化の修正を繰り返すしかない。

 

だから私はまずは大雑把に一般化しようとする。

そのための言語があるならば、学びたいと思う。

 

変化するこの世界の煌めきと美しさを、しっかりと見ていたいから。

 

 

 

頭が切り替わった。よし、休み明けだ。

 

 

幸せと課題解決

幸せに生まれてしまったなぁと思う。

 

美味しいものを食べて、程よく自然に触れて育った。

自然災害とはほぼ無縁の土地に育った。

水不足を経験したこともない。

周りの人は大概優しかった。

図書館に行けば本を読めた。

知ることを制限されなかった。

男女差別もほとんど感じずに育った。

学校に行けば、学びが提供されていた。

 

自由だった。

不足も、今思えばなかった。

 

何を目指せというのだ。

世の中を見ればたくさんの幸せとたくさんの不幸がある。

何に目を向けてもよい。

私は不幸に目を向けて、幸福にする方に向かっている気がする。

 

そんな事を、私はしたいだろうか。

 

私はただ、幸福を素直に幸福だと思う事を肯定したい。

 

成長を、純粋な喜びからのエネルギーで起こしたい。

 

それだけだ、それだけなんだ。

 

成長を、楽しみたい。

 

 

なのになぜ私は課題に目を向け、負からの脱却のエネルギーを使っているのだろう。

 

違うのに。

そうなりたいんじゃないのに。